ぱちぱちソーダ

思ったままに。

ヴァイオレット・エヴァーガーデンの話

おはようございます、こんにちは、こんばんは。



前回のヒプステ感想からは全く毛色が変わるのですが、今回は『劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン』について書きます。



既に映画館で観て、めちゃくちゃ感動した!最高!って思ってる方はこれ読まなくても大丈夫かと思います。なぜなら私も同じ気持ちだからです。




えっなにそれ、名前くらいしか知らないなぁ…とか、気になってるけどどうなの?とか。そういう人に少しと、あとは自分のために綴っていきます。



マイナスの感情をわざわざ抱えても仕方ないので基本的に批判や否定はしません。いいことばかりを並べる…というのもちょっと違って、私が思ったことを感情に任せてぽつりぽつりと吐き出していく感じです。

ネタバレはします。







もともとこの作品は、何かで配信してるアニメらしい、くらいの知識しかありませんでした。アニメ雑誌とかで簡単な宣伝ページを見かけても特に気にすることなくスルーしていました。制作が京アニというのは事前に唯一知っていて、でも『泣ける』『感動した』という類の感想を見る度に『そんなにお涙頂戴なのかな…』と逆に見る気が磨り減ってしまって。

なかなか最初の1歩を踏み出せない中、昨年の京アニでの事件がありました。他の作品はいくつか見ていたし、私はちょうどアラサーにして美大受験に挑戦していた真っ只中だったので、仕事にはしていないけれど制作の苦しみや人の手によって描かれたものの重さは少しは分かる、そんなタイミングでした。あれがあったから、という訳では無いですが、それから数日して私は隣町までこの作品をレンタルしに行っていました。
見てもないのにとやかく言うのは好きじゃないし、とりあえず1話目を見て合わなそうだったらやめればいいや、そんな気持ちで借りてきたのを覚えています。

まぁ結果的に、私は2回に分けて借りて全話見てしまったんですけど。





あ、ちなみに私はアニメを先に全話見ました。原作小説は今公開中の映画を機に買いましたが、上巻とエバーアフターはお取り寄せ中。ネタバレを気にする質ではないのですが、下巻と外伝は1度映画を見終えてから読みました。

とりあえずアニメシリーズと今公開している劇場版を中心に触れていきますね。
そこまで大きく外れたことは書かないと思いますけど、少々の誤差はお許しください。あと感想は人それぞれ、ということで。



アニメは、これは原作小説を読んでからしっくり来たのですが、ヴァイオレット・エヴァーガーデンという少女にフォーカスした成長物語でした。



というとそれだけじゃないわよ!!と言われそうなので先になんとなく説明しておきます。


名前をもたない、感情をもつ機会も失っていた少女は戦争のさなか拾われ戦場へ『武器』として駆り出されます。その少女を手元に置き、名前を与え、文字の読み書きを教えたのはギルベルト少佐という陸軍の男性でした。少女に『ヴァイオレット』という名前を与えささやかな愛情を傾ける傍ら、戦場へと共に繰り出し彼女に命令をし敵兵を殺す道具として扱うことしか出来ないギルベルト。道具ではないと言いながらそんな扱いしかできない自分に罪悪感を抱くギルベルトはそれでもヴァイオレットを手離さず傍に置きます。

そんな2人の別れは最終決戦の場。やはり戦場でした。右目を負傷したギルベルトを抱え、自身もボロボロになりながら絶対に死なせないと歩みを進めるヴァイオレット。しかし爆薬が投げ込まれ状況も悪化し、ヴァイオレットの負傷していた両腕は鈍い音を立てながら地面へと落ちていきます。瀕死の状態になりながら、ギルベルトはヴァイオレットに『生きて自由になりなさい』と告げます。しかし、信仰にも近い気持ちでギルベルトを慕っていたヴァイオレットはその場を離れようとはしません。両腕を失ってもなお、助けようと必死になる姿にギルベルト『もうやめてくれ』と叫びます。そして、ヴァイオレットに最後に言った言葉は『心から あいしてる』でした。

ここで爆風に襲われ、2人は離れ離れに。互いが生きているのか死んでいるのかも分からない状態で別れを迎えます。

ヴァイオレットはギルベルトの最後の言葉、『あいしてる』の意味がわかりませんでした。その言葉を他人から与えられたことはなく、本当の意味でわからなかったのです。

両腕に義手を施され一命を取り留めたヴァイオレットは、ひとまずギルベルトの親友ホッジンズにお世話になります。しかし以前にも増して感情を失い人形のような彼女に周囲は戸惑います。
そんななか、ホッジンズの立ち上げた郵便社でヴァイオレットは自動手記人形・通称『ドール』という仕事に出逢うこととなります。このドールという仕事は、誰かの手紙の代筆を行うものでした。識字率も低く、まだ電話も登場していない時代でした。
そして、依頼人が紡ぐ言葉の中に『あいしてる』を見つけたヴァイオレットは、このドールという仕事を通してギルベルトが最後に自分に与えてくれた言葉の意味を、『あいしてる』の意味を知ることが出来るのではと思い至ったのです。

そしてそこから、ヴァイオレット・エヴァーガーデンが自動手記人形 "ドール" として仕事を通じ、人のことば、そして心に触れてゆく姿が描かれてゆきます。



みたいな感じですかね。
めちゃくちゃ端折ってますけど。



で、現在公開中の映画は、『あいしてる』を教えてくれたギルベルトにもしかしたら会えるのでは…?というお話。
アニメはほぼ1話完結型で進んでいって、彼女がドールとして、人として形を成して成長していく姿に焦点を置いています。ギルベルトは回想でしか出てきません。それでも、ヴァイオレットは周囲になんと言われても彼が生きているとずっと信じていたので、この映画は会いたかった人にやっと逢いに行くお話なんです。そしてそれと同時進行で、とある代筆依頼も舞い込み、それらを絡めて物語は進んでいく、という感じ。



説明ばっかりになっちゃったけど、ここからは感情のままに吐き出しますね。




と~〜~~にかく!!とてもよかった。




私は3回観たのですが、1回目、ラスト5分くらいのとこで本当に本物の鳥肌がたちまして笑

予告からね、ハッピーエンドっぽいことはわかってたんですよ。で、私はぶっちゃけもっと早くギルに会えると思ってた!!のに!!全然会えん!!!!笑


途中1時間過ぎたくらいからモヤモヤが溜まりすぎてまじで爆発するかと思ったわ。

ギルはね、結局自分のせいで両腕を失った彼女にはもう会えないという言い分だったんですよね。これ、そんなのお前の気持ちオンリーだろ!!!!って言いたくなる人ももちろんいたと思うんですけど、まぁ…ギルの気持ちも分かるんですよね…。でもギルのせい、というよりそれは戦争そのもののせいだし、ヴァイオレットは会いたいから逢いに来たのに。観てる時は『早く会ってやれよ!!』しか心の中で言えなかったんですけど、後から『あぁ、ギルは結局まだ1人で戦争をしていたんだなぁ』と。

名前も生きていく土地も変えて以前の自分は死んだとホッジンズに言ったくせに、ほんとのところ、彼の中ではまだ戦争は終わってなかった。というか終わるわけが無いんですよね。ホッジンズがアニメシリーズの中で、戦争で沢山人を殺したのに自分は生きてていいのかと投げかけるヴァイオレットに対して、『してきたことは消せない』と言ったのを思い出しました。それは彼も同じで、過去は消せないからせめて、今のヴァイオレットに向き合わないときっと彼の戦争は終わらない。1歩も先へは進めない。そんなふうに後からですけど思ったんです。



ギルとはね、逢えましたね。逢えた。


ほんとに、最後の5分くらいのクライマックス中のクライマックス。ギルがやっとヴァイオレットの名前を叫んで追いかけて、港から離れてしまった船からヴァイオレットが飛び降りて……ってもう、これなんて壮大なラブストーリーなの???って。

ギルが走って叫んだとこで鳥肌ぶわわってなりました。そこからはもう、ヴァイオレットを演じる石川由依さんの演技が、なんかもう……言葉になりませんで……。ここの浪川さんもよかった。私の知る浪川さんの演技の中で1番良かったと勝手に思ってる。めちゃくちゃどうでもいことなんですけど、私12歳くらいの時から、好きになるキャラをみんな浪川さんが演じてるって言う某かを抱えてまして笑


もうほんと、また!?!?って。言いたくないけど言っちゃうくらいなんですね。だから聴きすぎたせいもあると思うんだけど、たまにちょっと台詞の抑揚が癖っぽくなるなぁ、鼻にかかってんなぁ…っていうのが少し悲しい時もあって。でもギルの時は、いい感じに肩の力抜けてるのかな?ってなることが多かったので気にせず見れてたんですよね。小手先の技術ではなく、気持ちで演じてくれてた。だから再会シーンの、『ほら…私も泣きそうなんだ』は本当に素晴らしかったです。浪川大輔ここにあり、でした。本当にありがとうございます。これからも私をよろしくお願いします(?)


このノリでキャラと声優さんのお話しちゃうと、ホッジンズの子安さんも、子安さんでよかったなって思った内容でした。私の中では子安さんはガンダム種シリーズがぱっと浮かぶのですが、アニメで声を聞くのは少しお久しぶりでした。彼の『ヴァイオレットちゃん』は本当に毎度愛があったし、何より耳触りが良かった。今回の映画でも、パンフにあったように彼は板挟み的な立ち位置になるけど、それでも親友としてのギルに対する思いや、親心のようなヴァイオレットに対する思いをうまく表現していて、流石だなぁと思いましたね…。映画で雨の中で叫んだあの台詞は、本当に子安さんがやってくれてよかったと心の底から感じました。


ギルの兄、ディートフリートは劇場版でなんかすごく株が上がってましたね。私気づいちゃったんですけど、多分彼のことめちゃくちゃ好きなので、ここで語るのはやめておきます。回を重ねるごとに気持ちが膨らんでるので…や、やば……笑

今のディートフリートなら、ギルとヴァイオレットの幸せをホッジンズと同じくらい強く願ってくれそうですね。陰ながら。

早くもう少し素直になって欲しい!!
なんてね…笑




ヴァイオレット役の石川さんは、他の作品でちゃんと聞いたことがなくて申し訳ないのですが、本当に演技がうまくて。ヴァイオレットの台詞は短い言葉が多いのですが、特に『はい』のこの2文字で微妙な感情をその都度表現していて、ほんとすごいなって感動しました。アニメシリーズ序盤は機械のような無感情の台詞の言い回しで、そこからどんどん色が足されていって感情が少しづつではあるけど豊かになっていきます。その微妙な変化を演じるのがとてもお上手でした。
劇場版ではギルの兄・ディートフリートと、兄弟がよく遊んだという船に足を運ぶシーンがあったのですが、あのラストのカットで『はい』が2回入るんですね。その音の微妙な違いというか、込められた想いがそれぞれ伝わってきて、あぁすごいな~と。

ギルとの再会シーンはもう、言葉にもなりませんよ。あれ、絵も演技も音楽もそれまでの過程も全てを踏まえたうえで、アニメ史に残る名場面なんじゃないですか???

私は正直あれ以上のクライマックスを見たことがないですね。あの数分にこの作品の全てが凝縮されていたのもありますが、質が良すぎて、観てる時にこんなこといちいち考えてないけど、何日経っても頭から離れませんもん。
それくらい素晴らしいものを観せられました。



劇場版では、ヴァイオレットがギルに逢いに行く話とほぼ同時進行で、ユリスという少年からの代筆依頼のお話も進んでいきます。私は3回観て3回とも同じシーンで号泣でした。いや、もうおわかりでしょう。…入院してるユリスがいよいよ亡なってしまうシーン、ですね…あそこ!ほんとに!電話繋いだとこから私は(同じ列のおじさんも)ボロボロボロボロと…笑

その後の家族にそれぞれ宛てた手紙にも涙が止まりませんでした。あれはね、もうこっちが泣くってわかってた内容だからこそ冷静に見れるかなって強く思ってたんだけど全然無理だった。気づくとマスクぐっしょぐしょ。



アニメシリーズも最初は、『みんながそんなに泣くって言うけど、そう言われると涙引っ込んじゃうんだよなぁ』だったのに、ヴァイオレットの成長に涙、依頼主のきもちや言葉に涙。
序盤はヴァイオレットがあまりにも感情を知らないから、そこに対してやっぱり共感や感情移入するのは難しいのだけれど…ドールの仕事を通して他人から優しさや悲しさを学んだ後に、今度は彼女がその優しさを誰かに与えたいと思ったり悲しさを分かち合いたい、拭いたいと思う姿に目頭が熱くなるんですよね。彼女はまだ感情覚えたてで決して押し付けではなく、そうしてあげられたらどんなにいいか、というささやかな願いのようなもので、それを見せられた時に『なんて成長したんだろう』と感動しちゃうんです。

そういえばアニメシリーズの1話を見て率直に感じたのは、『今この時代にこそやることに意味がある作品かも』でした。
私は学生時代に大好きな漫画家さんにファンレターを書いたことがきっかけで、今でも声優さんや舞台俳優さんに時々お手紙を書きます。電話はもちろん、メールやLINEが当たり前の今、手紙を書くというのはなかなか機会が無い人もいるかもしれません。自分で便箋やレターセットを買ってペンを持って、その人に伝えたい心の中の言葉をゆっくりと文字にしていく。若い人はもしかしたら、手紙なんて書いたことないって人もいるかもしれません。
そんな現代に、『手紙を書いて思いを伝える』ことをひとつのテーマにした作品が世に出ることの意味はとても大きいのではないかと思いました。手紙って綺麗な言葉を並べたり、いつもと違う飾った言葉を用いることをイメージする人もいるかもしれません。でもそうではなくてたった一言でもいいから短くても本当に伝えたい思いをその手紙に記し届ける。それだけでいいんだよ、とこの作品は教えてくれるのです。




ここで少し原作とアニメの話。

私は冒頭でも話したようにアニメを先に見ました。小説は下巻と外伝のみですが読んでいて、アニメとは部分的に内容が違うということも最近知りました。
1番驚いたのは、今回の映画が完全にオリジナルの構成、内容だったこと。そもそもギルが生きていることを知っている人間が小説にはちらほら存在するので、その前提から違っていました。アニメでは皆が彼は死んだと思い、思うようにしていましたから。ぶっちゃけ私も映画の告知を見るまで、もう死んでんのかな…って思ってましたし。

小説に思い入れがあり、そっくりそのままアニメ化することを望んでいた方には肩透かしを食らうような…少しがっかりの内容だったのかな…と多少の心配はしましたが、私は個人的には2度楽しめて美味しいといいますか、アニメのクオリティにも満足しているので、こりゃ最高だな!!っていうのが素直な感想でした。
アニメはキャラによっては少し大人びた印象に変えていたり、全体的に落ち着かせていたと思います。精神面で必要な立ち位置に少し動かした、そんな感じでした。ヴァイオレットは逆に少し幼くしたのかな。でも、アニメの中身がそうして改変されていてもその中でうまく構成していた印象です。アニメから入ったから、というのもあるのかもしれませんがおかしなところは個人的にはほぼ皆無でした。時系列順のストーリ構成も初見の人からしたら分かりやすいし、ヴァイオレットの成長と共に歩める感じがして気にはなりませんでした。たしかに小説を読んでいたら、あれが違うこれが違うと色々指摘できたと思うんですけど、でも全体的に作品のクオリティが高く限られた時間と話数でよくここまでまとめたなという印象が強かったです。
結果的にヴァイオレットとギルが幸せになるための物語であることは間違いないので、小説もアニメもそういう気持ちで見ると受け止めやすいのかも知れません。


そしてそこから劇場版の内容へと繋げていくのも、今回素晴らしいなと。


何かしらがどこかで繋がっていて、それは人の縁だったり想いだったり、まさにこの作品のテーマによって劇場版まで紡がれたんだなぁと。本当に見事な構成でした。
あとこれ、最後になりますが。ヴァイオレット・エヴァーガーデンの劇中で使われる言葉が私は大好きでして。全てに無駄がないというか、一つ一つが刺さってくるんですよね。心にスっと入ってくる言葉の多さにはいつも感心してしまいます。



日本のアニメーション映画でここまで素晴らしいものが世に出たのは本当に誇らしいことだと思います。
今まで『おすすめのアニメは?』って聞かれた時、これはマニアックかな〜とか話わかるかな〜とかで、ジブリ以外でポンとすぐおすすめ出来なかったんですけど、この作品は『とりあえず見て!!』とこっちから言ってしまうくらい良かったし、人に伝わる何かがあると思います。

とりあえず見て笑


ちなみに3回目は母と観に行きました。
アニメシリーズを私が見てる隣で何となく聞いてた、くらいの知識で足を運んだ母でしたがやはりユリスのラストと物語のクライマックスは泣いてしまったらしいです。
絵の綺麗さや声優さんの演技の良さにも感動していたようで、特別アニメが好きという訳では無いのですが『観にきてよかった』と言ってくれました。この言葉が何より嬉しかったですね。こちらこそ『一緒に観てくれてありがとう』と伝えました。


私は、別に泣くために行ってるわけじゃないし『今回こそ泣かんぞ!!』と思って2度、3度と行ったのにやっぱり同じとこで泣いてましたね笑





まだ劇場版を観に行けてない方はぜひ映画館で見て欲しいですし、アニメシリーズ気になる方は試しに軽い気持ちで1話目を見て頂きたい。これ読んでから見たらだいたい分かりますよ、大丈夫。きっと後悔もさせません。




長くなりましたがここまで読んでいただきありがとうございました。言葉にするのは下手ですが少しでも想いが伝わったらと思います。あとはもし観に行った方がいたら、どんな風に感じたかいつか教えてください。楽しみにしています。




この時代に『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』という作品が世に出たことの意味を、意義を噛み締めながら、締めくくりたいと思います。