ぱちぱちソーダ

思ったままに。

心を引っ掻く/『ルックバック』

チェンソーマンを描いた(まだ続くようですが)藤本タツキ先生の新作読み切り『ルックバック』を読みました。


7月19日(月)公開~現在まで電子版のみ、9月頭には単行本化も決定とのこと。元々単行本化するつもりで公開したんだろうとは思いましたが、なかなか早い展開にすごいなと素直に驚きました。

まず、漫画そのものの感想はどんな作品も十人十色、賛否両論あるものだと私は基本的に思っています。
『ルックバック』に関する沢山の読者のツイートやコメント欄のコメントも同様でした。


話題が話題を呼び、深夜公開にも関わらず2日間で400万閲覧数はすごいですね。良くも悪くも皆期待をしたり気になったりしてたんだなぁとしみじみ感じました。


これは、私が本作を何度か読んでみて感じたことをただ書きたいなと思っただけの文章です。
別に誰も読まなくてもいいし、読んでくれてもいい。
基本的に作品を乏したり誹謗中傷の類は書かないので、その点はご安心を。
まだ読んでないけど気になってる人とかは『ふーん、そんな感じなんだ、へぇ〜』くらいの感覚で受け止めてくれたらいいかと思います。もう読んだ人は自分の感覚とか感想を大事にすべきで、私という個人との感覚のズレとかいちいち気にする可能性があるならば、ここから先は読まなくていいかと思います。
まぁそんな感じで。





ところで私はつい最近、同作者の『チェンソーマン』を読んだばかりでした。そのためか首が飛んだり身体が爆発したり、なんかぶっ飛んだクレイジーな話が読み切りで来るのかなぁ〜とぼんやり思っていました。しかしいざ蓋を開けてみれば、絵を描くことが好きな二人の女の子の話で、学校?日常を描いてるっぽい。
正直、1頁目では『ふぅん。』くらいの第一印象でした。



お話はこんな感じ。



小学校で四コマ漫画を学級新聞に寄稿する藤野。

引きこもりで学校に通っていないが、途中から同じく学校新聞に寄稿を始める京本。

"絵を描くこと"以外にとくに2人を結ぶものはなく、引きこもりの京本は四コマの枠線の中に“風景”を描くことを始める。学校の下駄箱や少し背の高い花畑など、藤野はよく書き込まれたまるで大人の「絵画」のようなそれらを見てあまりの上手さに絶句。『自分より絵が上手い人がいるなんて!』とズンズンと通学路を突き進み、その日から人の骨格などを中心に本を読み漁り絵の練習に励んでいく。その間も京本は黙々と風景を描き定期的に学級新聞に寄稿していた。

二人が小学校を卒業するというの日。
藤野は担任から卒業証書を託される。相変わらず引きこもっていた京本にこれを渡してくれとお願いされ、藤野は京本の家ヘ。すると、京本のいる部屋に続く廊下の両側には、山盛りのスケブがズラっと並んでいた。
その場で藤野はとある四コマ漫画を描きはじめる。そして、それはうっかり京本の部屋の中へと吸い込まれてしまい…

あっ、これやばいんじゃ!?と思った藤野(多分)。
彼女は卒業証書を置き急いで京本の家を後にする。そんな藤野を後ろから追いかけてくるのは………



めちゃくちゃ長くなるので、冒頭をメインにしたあらすじはここまで。



話の内容としては多分この後の展開も含めて、『よくある展開』というものかなと私は思ってます。

人生は山あり谷あり。
嬉しいこと、幸せなことの後には悲しいことがあって、それを経験したのち果たして彼女は前を向くことが出来るのか。
そんな感じです。


でもなぜか私にはこの作品が刺さりました。 漫画としては「ありきたりな話」、そう思ったのに。
そう、刺さったんですよね。文字通り。



単純に、ものすご~〜くシンプルに言うと、

『よくこの内容を143頁に収めたな…!?すごい…!』

でした。


私が言う「内容」には物語の起承転結の他に、物語のテーマ、藤野と京本の関係性、物語から読者に伝えたいこと、作者がやりたいこと…などそれら全てが含まれています。
そういうもの全てが余すところなく143頁の『ルックバック』という物語に内包されていて、それは視覚的に認識できる『絵』を中心にしっかりと伝わってきました。


『絵』に関してはとにかく隙がないという印象で、一つ一つ、一コマ一コマが綿密に計画されていて頁を構成しているという印象がとても強かったです。


その中でもとくに『背景』と『表情』。(表情に関しては後半でサラッと私が触れるのみです)


藤野が机に向かって絵を書く時、漫画を書く時、なにかに打ち込む時は必ず藤野の背中を後方から引きで描いています。

その部屋の窓から見える景色は、そこに存在するものそれ自体は変わらないのですが四季を巡る様子がしっかりとこと細かに描かれていて、同時にどんどんと増えていく本棚の本にも目が行きます。それはデッサンや絵に関する教本で、藤野が時の流れの中でどんどんと絵に没頭する様子が描かれています。(他にも田舎の田園風景、畦道、異国の景色、賑わう街並みなどとにかく背景が充実していました。書き込みだけでなく、どのコマにどの景色が…みたいなはめ込み方も上手いと思います。人の感情とともに流れる街並み…みたいな感じで、背景・風景で人の感情を感じさせるってなかなかできないと思いました。)


『漫画に打ち込む藤野の後ろ姿』

これは物語の随所で繰り返し登場するのですが、それぞれの対比が面白くてすごくて個人的には唸りポイントでした。

とくに冒頭の、「京本より上手くなってやるー!」と絵に打ち込むシーンと、後半らへんの同じようなシーンを対比すると分かりやすかったように感じます。
ここでは背景の対比もそうなのですが、人の背中に注目。人の背中って絵で描かれても『語る』んですね。言葉、ではなく、背中から滲む感情のようなものを見る人に伝えることって出来るんだ…と驚きました。
背中自体は誰でも描けると思うんですけど、台詞も効果音もない静かな世界(部屋)で背景もしっかり描き込みつつ、私たちの視点は人物の背中一点に集める。これは本当にすごいなぁと感動しました。コマ割りやカメラワークが上手いんです。台詞の無いコマがとくに。

この感覚は最初読んだ時はなんとなくだったのですが、2回目読んだあたりから心に引っ掛かりを覚え、3回目でやっと気づきました(遅い)
私なりにその正体に気づいた時、そこでやっと感動したのですがその感動はかなり大きかったです。


そろそろあまり上手に展開できないなと思ってきたので、なんとなく綺麗にまとめてしまおうかと思います。


藤本先生は、この『心になんか引っ掛かる感じ』を残すのがとても上手いなぁといつも思います。


どの作者も、読者の心に残る話を…って勿論そんなふうに思って執筆してると思うんですけど、藤本先生は急に、ふっと引っ掻いてくるんですよね。チクッとしたり、グサリと思ったより深く刺さったり、かするくらいの強さだったり。とにかく急にくる。

よく「息を飲んだ」とか「息が止まった」とか言うけれど、それをどこから来るか分からない状態で椅子に括り付けられて…、気づいたら既に何度か経験しちゃってる。あれぇ?みたいな。


そんな藤本先生の作品はまるで映画を観てるようだ、ともよく思います。


別にこれは、本作に映画のタイトルが隠れていてそのオマージュがどうだから、とかそういう事ではありません。というか私はSNSなどで言われていた映画のタイトルとかオマージュについて、読んでて何も見つけられなかったし結局自力ではよく分かりませんでした。多分それがストレートに分かればもっと楽しめるんでしょうけど。まぁ私は気にしません。(皆いつもすごいですよね。本当によく見てるしよく読み解くよなぁと、その知識や観察力に感心しますし勉強になります。気づいてくれて作者はきっと嬉しいハズ)


皆さんが言っていた作中後半の悲しい事件についての在り方や、オマージュについてなどは私にとってはあまり重要ではありませんでした。

その頃の私は断然、『藤野と京本の関係性』に惹かれていたからです。

本作は、「二人の出会いからラストまでがまるで映画のように描かれている」と思いました。
劇的なシーンや感動的なシーンがあるから映画のようだと言いたい訳ではありません。

むしろ本作は「あぁ、そんな気持ち、あったよね」みたいな、なんとなくわかるよっていう感情が淡々と繰り出されてくる、そんな印象です。

絵を描くのが自分より上手くて嫉妬したり、触発されて何枚も絵を描いたり、褒められたら喜んで調子に乗ったり、憧れの人に会えて目を輝かせたり。
全てがありきたりでシンプルでわかりやすい。たったそれだけの感情なのに畳み掛けるようにいくつも押し寄せてくる。打ちのめされる。そしてそれは視覚的に、作画におけるキャラの表情からかなり濃くリアルに伝わってくるにも関わらず、最初から最後までひたすらにフィクション、ファンタジー、『漫画的』でした。


藤本先生は本作で色んなことを私たちに投げていきました。(多分。まぁ、ただ投げたな、と思ってますが。)


それは人によっては暴力的だったかもしれないし、穏やかさを感じたり感動した人がいて、笑った人も泣いた人も悩んだ人も、何も感じなかった人も勿論いたと思います。


こうやって私が長々と書いてること自体、藤本先生の策略にハマってるなぁ〜と思うんですが。つい書いてしまいました。


『死ぬ直前に思い出してもらえる一コマが描きたい」と藤本先生はよく言っているかと思いますが、誰かの心に引っ掛かる作品を生み出すこと自体難しいですよね。電子も普及するにつれ、昔に比べ作品数がかなり増えたかと思いますし。


それでも、人の心を引っ掻き続けてあわよくば人生の最期にまた性懲りも無く現れようとする。



『ルックバック』143頁。

よくもまぁ描いたな。と、私は今でも心を引っ掻きまわされています。